今、大きな地震が起きたとしたら、自力で3日間生きられますか?
はじめに
糖尿病の治療そのものが順調に行っていてもいなくても、それとは関係なくある日突然大きな災害にあう可能性があります。
日本は地震、大雨、台風など自然災害が多い国です。
災害が起こる前にやっておくべき準備は何なのか。
災害が実際に起こった直後にどのように行動するのか。
災害が起こってから長期間、避難生活をどのようにするのか。
知識として知っているだけでなく、災害が起こったら実際に行動できないと生き残ることは難しいです。
最低限、知っておいて欲しいことに絞って紹介、解説しています。
対象
糖尿病治療中だけど災害の備えをしていない方にとっては特に知っておくと役立つお話です。
災害が起こる前にやっておくべきこと
災害が起こる前に特にやっておくべき事前準備が4つあります。
事前準備の1つ目は災害のイメージを持っておくことです。
台風であれば事前に情報が得られるのでそこでシミュレーションしても良いですが、地震、急な大雨などは普段から想定しておく必要があります。
災害が起こってすぐ、ちょっとしてから、だいぶ経ってからどのようなことが起こるかイメージしてみてください。
停電して真っ暗な夜、さらに季節は真冬、真夏、風が強く雨や雪が降っているなどより厳しい状況でも慌てずに対応できるようイメージしてみてください。
イメージすることで、実際の災害時に混乱しにくくなり、備えができていないところを見つけたり命を守る行動の実行につながります。
事前準備の2つ目は避難経路と避難場所の確認です。また家族などの大切な人との連絡方法も話し合っておきましょう。
できれば雨か雪の降る真冬の暗い夜に実際に荷物を持って歩いてみるのが良いと思います。
防寒着、雨ガッパ、靴などが必要であることや荷物も重すぎないようにするなどより良い準備ができるようになります。
電話やLineなどの普段の連絡方法に加えて、災害掲示板に書き込む、自宅のドアに張り紙をするなどルールを決めておきます。
避難場所を決めていないせいで家族がどこにいるかわからないとなると、無事に避難しているにもかかわらず危険を犯して探しにいくことになるかもしれません。
自分がどこに移動するか、連絡方法はどうするかなど決めておいてください。
職場や学校にいるときに起こった場合、通勤通学中に起こった場合、自宅にいるときに起こった場合に関しては少なくともルールを決めておくと良いと思います。
事前準備の3つ目は緊急避難袋の用意です。
緊急避難袋とは、災害が起こったらすぐに持ち出して最初の三日間くらいを生き延びるために用意しておく袋です。
すぐに取り出せる場所、できれば玄関などの出入り口の近くに家族の人数分準備してください。
災害が真冬や真夏に起こることもあります。
両方に対応できるよう準備するか、季節ごとに中身を入れ替えてください。
事前準備の4つ目は主治医と糖尿病の療養について話して、対策もしておくことです。
糖尿病の療養に関することは5項目あります。
①食事がちゃんと取れないときに薬をどのようにするか。
②災害時のシックデイ対策
③低血糖、高血糖への対処の仕方
④避難所での過ごし方・気を付けること
⑤最低2週間分の予備の薬の確保
①まず食事がちゃんと取れないときに薬をどのようにするかについてお話しします。
この対策を立てておくと、災害でなくても体調が悪いときにも役立ちます。
災害と体調不良の時の違いは、災害の時はすぐに医療機関に連絡が取れないということです。
体調不良の場合と違って、”分からなかったり困ったりしたら聞けばいい”という考えが突然通じなくなるかもしれません。
今使っている薬は災害時で食料があまり手に入らないときにどうしたら良いかを紙などに書いてまとめておいて薬と一緒に保管しておいてください。
食べるものが何もなくても飲む薬、食べないなら飲まない薬を区別できるように話し合っておいてください。
②次に災害の時のシックデイ対策です。
災害で食糧が手に入りにくいのと同時に災害の避難生活中に体調不良が起こってしまうことも少なくありません。
糖尿病の方が、もう一つ別の病気にかかってしまうことをシックデイと言います。
特に熱が出る病気、嘔吐や下痢が出る病気はすぐに水分が不足してしまうので、とても怖い状態です。
災害も起こり、さらにそこで激しい嘔吐や下痢が出た場合に薬を使うのか使わないかの判断する基準を知っておかなくてはなりません。
食べるものに対して打っているインスリンは減らしたりお休みする、メトホルミンという内服薬は体調が良くなるまでは中止するなどの対応をあらかじめかかりつけ医と相談しておいてください。
③低血糖や高血糖の対応についても対策が必要です。
災害時の食事は、普段の食事とは大きく異なります。
食事の量は減ってしまうことがほとんどです。
いつもと同じように薬を使ったら低血糖になるかもしれません。
また、パンやおにぎりが中心となることが多いため、食事の栄養素は炭水化物が中心になります。
食事の変化にも対応できるよう普段から時々災害の時の炭水化物中心の食事での血糖管理を考えておいたり、実際にそのような食事をしたら血糖値がどのようになるのかを知っておいてください。
それでも低血糖になってしまうことがあります。
低血糖になったらブドウ糖などの糖をすぐに使いたいです。
手元にない場合は、低血糖であることを周りに伝えてください。
高血糖の場合は原因は様々です。
糖尿病は生活と直結している病気なので、生活がガラッと変わってしまう災害との相性がとても悪いです。
活動量が減った、体調が悪い、薬が使えないなど状況により対応は異なります。
この時にはいつも以上に知識が自分の命を守ってくれます。
④糖尿病の方が避難所での過ごし方・気を付けることについてまとめます。
避難所での生活はこれまでとは大きく異なります。
変化すること、それ自体が大きなストレスになります。
防音や温度の調整も難しく、睡眠も十分とれないでしょう。
ストレスがかかる状態では血糖値を上げるホルモンであるステロイドホルモンやアドレナリンというホルモンが多く分泌されて血糖値が上がってしまいます。
また、たくさんの人がきちんとした仕切りのない狭い空間で過ごすので、感染症が広まりやすくなります。
トイレがなかったり遠かったりすることで水分の摂取を控えてしまって脱水症になったり、膀胱炎が起こったりもします。
糖尿病の方で血糖値が高い場合は感染症にかかりやすいので、避難所の生活では感染しないための工夫が必要です。
出来るだけ距離をとる、段ボールで隣の人との仕切りを作る、食事の前には手洗いをする、みんなでマスクをするなど基本的な感染対策を徹底して行ってください。
手洗いやマスクはそのためのものが必要なので事前の準備が欠かせません。
マスクは周りの人につけてもらうのもとても効果的です。
自分の分だけでなく多めに準備しておいて、マスクを分け与えられるようにしておくと良いです。
こういった環境にいつなるかわかりませんので、予防接種をあらかじめ受けておくことをお勧めします。
災害時の対策としては、特に肺炎球菌とインフルエンザのワクチンが重要になりますので災害が起こる前の接種を検討してください。
⑤予備の薬の準備に関してお伝えします。
普段、薬は毎日忘れずに服用されているででしょうか。
もし忘れてしまって薬が余った場合は、かかりつけの医師や薬剤師に余ってしまっていることを伝えて、調整してもらっている方が多いと思います。
そうやって薬は余らせないのが基本ですが、災害が起こったときにちょうど飲み切ったり使い切ったところで余りが全くないととても困ります。
2011年の東日本大震災では、被災地では糖尿病薬の中でインスリン製剤が特に不足してしまい調達するのに苦労されたようです。
病院から現地に医療スタッフが向かうときにはできるだけたくさんのインスリン製剤を持参して現地に届けるようにしていました。
インスリンなどの注射薬というのはサイズが大きく、冷蔵設備がいるなど常にたくさん備蓄するのが難しいので、今後も災害が起こるたびに不足する可能性があります。
自身が使用しているインスリンが完全に無くなってから医療機関を受診するようにしている方は、かかりつけの医師に少し余裕を持って処方してもらえないか相談してみてください。
インスリンが行き渡るまでの期間を考えると、最低2週間分くらいは欲しいところです。
持ち出し用品を準備するときのポイント
次に持ち出し用品を準備するときのポイントをお話しいたします。
糖尿病の方が特に用意しておいた方が良い持ち出し品について説明します。
最重要持ち出し品はインスリンなどの薬品です。
インスリンは未開封の場合は冷蔵庫に保管しているはずですので、持ち出し袋に目立つように、”冷蔵庫の中のインスリンも持ち出す”と書いておくなど持ち出しを忘れないようにしてください。
薬品は種類がとても多く、同じ薬を使っている人を探すのは大変です。特に注射薬は感染症予防の面からは通常貸し借りができないので他の人に借りたりもらったりするのが非常に難しいです。
注射剤を使っている場合は、穿刺用の針、インスリンポンプの交換セットなども準備しておいてください。
血糖測定器やそのセンサーや穿刺用の針も手に入れにくいです。
自分の薬について全て覚えていない方は、医療者に確実に内容を伝えるためにお薬手帳のコピーも準備しておいてください。
このコピーしたものは濡れてしまうと読めなくなるので、密閉できるポリ袋に入れておくと良いです。
糖尿病の有無に関係なく持ち出した方が良いものは他にもたくさんあります。
持ち出し品の一例は下記の通りです。
〈糖尿病患者さんの持出し用品〉 | 〈身の回り品・生活用品〉 |
経口薬 | 飲料水 |
血糖自己測定器 | 食料(三日分) |
血糖自己測定器センサー | 着替え |
穿刺用具 | 靴(歩きやすいもの) |
穿刺針 | タオル |
インスリン自己注射セット | 雨具 |
ブドウ糖、低血糖用の捕食 | 予備のメガネ |
お薬手帳(コピー) | コンタクトレンズ |
糖尿病連携手帳(コピー) | 歯磨きセット |
血糖自己管理ノート(コピー) | ポケットティッシュ |
糖尿病患者用のIDカード | ウェットティッシュ |
乾電池 | トイレットペーパー |
ポンプ交換セット | 爪切り |
インスリン(バイアル) | 消臭・抗菌剤 |
ドライシャンプー |
〈貴重品〉 | ビニール袋 |
現金(小銭、紙幣) | ポリ袋 |
身分証明書(コピー可) | ラップ |
健康保険証(コピー可) | 使い捨ての食器 |
預金通帳 | 大人用オムツ |
クレジットカード(番号可) | 生理用品 |
家族、親戚の連絡先 | カイロ |
自分の情報 | ポンチョ |
絆創膏 | |
〈防災品〉 | 包帯、三角巾 |
懐中電灯 | 消毒用アルコール綿 |
携帯ラジオ | 滅菌ガーゼ |
ろうそく、マッチ、ライター | 止血パット |
防災用ヘルメット・帽子 | 目薬 |
笛、ブザー | 一般的な薬(感冒薬,胃腸薬等) |
防塵マスク | 携帯充電器 |
防煙マスク | 筆記用具(油性ペンなど) |
非常用給水袋・タンク | はさみ、カッター |
軍手、手袋 | ガムテープ(芯を抜いておく) |
サバイバルブランケット | レジャーシート |
災害用簡易トイレ | カセットコンロ |
ゴーグル | |
多機能工具 | 〈その他 自分に必要なもの〉 |
スマートフォン | |
モバイルバッテリー | |
災害が起こったら
災害が起こったら落ち着いて行動してください。
緊急避難袋を持ち、事前に確認した避難経路を移動してください。
可能な範囲で、自力で乗り越えてください。
自力では難しければ、遠慮せずに、周囲に協力をお願いしてください。
ただし、あなたが被災していることが誰かに伝わっているとは限りません。
災害の規模や被害の状況がある程度わかるまでは助けが届く可能性は低いです。
自助7割、共助2割、公助1割という言葉があります。
1995年1月の阪神大震災以来言われている災害時に頼れるものの割合です。
災害時に助けてといって助けてもらうだけでは、3割程度しかまかなえません。
特に被災直後は自助がほとんどです。
今この瞬間に自宅が倒壊して緊急避難袋だけで避難したときに、誰の力も借りずに3日間生き延びることができますか。
できないようならこの動画を見終わったら準備をしておいてください。
避難生活で生き延びる
災害直後を乗り切っても、大災害ではその後長い避難所生活をすることになります。
避難所生活では、食事と水をしっかり摂ってください。
食べないから糖尿病薬も使わない場合、とくにインスリンを普段使用しているのに全く注射しなくなると、ケトアシドーシスという合併症になってしまう方が出てきます。
そこで、緊急避難袋内には、飲み物:1人1日3L、すぐに食べられるもの(ビスケット、クラッカー、缶入りパン、かゆ・雑炊(缶詰、レトルト)、バランス栄養食品などを十分に入れておいてください。
4日分以上の食糧を緊急避難袋に入れてすぐに持ち出すのは難しいので自宅のどこかに保管しておくのですが、アルファ米、肉や魚の缶詰、レトルト食品、飲料水、野菜のおかずなどを準備しておいてください。
避難してすぐは運動が極端に増えたり減ったりしやすいです。
運動は少なくとも普段の半分くらい、軽い運動でも良いので続けるようにしてください。
運動がストレスを減らすのに役立つならなお良いです。
なんとか生き延びて、被災から日数が経つと巡回医療班が避難所まで来てくれるようになることがあります。
遠慮なく医療班に自分の体調や糖尿病の治療状況、手元に残っている薬が後どれくらいなのかなど困っていることを相談してください。
医療班は体だけでなく心のケアもしてくれることも知っておいてください。
まとめ
災害が起こる前に、災害をイメージして避難経路と避難場所と家族との連絡方法を確認して、緊急避難袋を準備して主治医と糖尿病療養について話して、対策もしておいてください。
持ち出し品リストに薬そのものとお薬手帳のコピーを入れておいてください。スマートフォンで撮影しておいてそれを持ち運べる充電器と一緒に持ち出しても良いです。
災害が起こったら、事前にイメージし確認しておいた通り、緊急避難袋を持って避難経路を進んでください。災害が起こってすぐは自助、自分の力で乗り切る必要があります。
避難生活では、食事、水分、運動、睡眠が不足しないようにして、感染対策を徹底してください。
知識をつけて事前の準備をしておくことで災害で困ることのうちいくつかは無くすことができます。
そして準備した通りに行動し、必ず生き延びていてください。
あなたのもとに周りからの助けの手が届くまで。
以上です。
最後まで読んでくれてありがとうございました。
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参考文献・参考書籍
【参考書籍】
月間糖尿病ライフ さかえ 2016 Vol.56 No.9 (日本糖尿病協会)
糖尿病災害時サバイバルマニュアル第2版(臨床糖尿病支援ネットワーク)
糖尿病ハンドブック 糖尿病患者さんのための災害マニュアル (ジョンソン・エンド・ジョンソン)
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